コミュニケーションは料理-まごころもそれを伝える技術がなければ宝の持ち腐れ
昔は人との付き合いが今よりずっと苦手だった
いきなりで恐縮ですが、学生のころ今よりもずっと人とコミュニケーションをとるのが苦手でした。
特に初対面の人とか異性とかとは何を話してよいか良くわかりませんでした。
例えば、大学の食堂でたまたま女性のクラスメートと2人だけになってしまった時があって、そのとき無駄に緊張してしまった思い出があります。
コミュニケーションはなれる
今になって思えば学生食堂でクラスメートとご飯を食べることなんて、日常の一コマにすぎません。緊張する必要性など露かけらもありませんでした。
きっとクラスメートも相手がなぜか緊張しているので戸惑ったでしょうね。申し訳ないことをしました。
しかし今では、少なくともあの時のように人と食事をするくらいでうろたえたりはしません。
それはなぜかというと、ひとえにコミュニケーションに慣れたんだと思います。
場数を踏むことが大事
もちろん何もせず自然に慣れたかわけではありません。
私は昔からバリバリのインドア派で家に引きこもりがち。親しい知り合いも多いとはいえませんでした。
こんな状況ではいくら歳をとってもコミュニケーションになれることはできなかったでしょう。
そこで当時の私は、その状況を変えようと一念発起して積極的に人と会う場に出かけるようになりました。
学生時代の後半から社会人になりたての時期ですね。
社会人サークルであったり、接客のアルバイトであったり、ボランティア活動であったり、ネットのオフ会だったりと、思えば結構参加していたものです。
失敗を重ねるほどうまくなる
最初は初対面の人と会う場に行くと、自分の対応がぎこちなくなります。話題にも困りますし、親しくなれた人とでも連絡先を交換するのにまた一苦労していました。
ただ経験を重ねるにつれて、だんだん人付き合いのパターンが見えてきました。
たとえば初対面の人と会うときには最初に自己紹介をして会話につなげていく必要があります。この自己紹介なんていうものは、一つか二つパターンが一度決まってしまえば、それ以降は毎回同じような話をしても全然問題ないわけです。
最初は失敗することもありましたが、それさえ乗り切れれば場を重ねるほど人との付き合いがうまくなりました。
人付き合いは技術である
あえて断言してしまうと、人付き合いというのは技術です。
人付き合いの仕方を模索していた当時、私はこのことをココロ社さんの著書で知りました。
読んだ本はいくつもあるのですが、コミュニケーションに特化した本だと「クビにならない日本語」が挙げられます。
クビにならない日本語 成果を出さずに平和に暮らす! 究極のコミュニケーション・テクニック
- 作者: ココロ社
- 出版社/メーカー: 翔泳社
- 発売日: 2009/07/02
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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冗談みたいなタイトルで、実際本文も面白おかしいのですが、実はこの本結構大事なことが書いてあります。
つまりコミュニケーションというのはテクニックの一つであるということです。
こういうと少し冷たい感じがしますが、真心を込めさえすればうまくいくほど人付き合いが単純なものでないのは事実です。テクニックは必須なのです。
ココロ社さんの本には人を不快にさせず働けるコミュニケーションのテクニックや考え方が書いてあって、それを知ることで社会人なりたての私はずいぶんと助けられました。
人付き合いは料理である
例えると人付き合いは料理に近いかもしれません。
よく「愛情は料理のスパイス」なんていいますよね。
気持ちを込めれば、料理が美味しくなるみたいな意味です。
ただここで大事なのは、愛情ってスパイスであって料理のメインじゃないということです。
どんなに愛情がこもっていても、基本的な料理スキルであったり、料理のレシピ等の知識がなければ美味しい料理はできません。
気持ちがあっても、それを伝える技術がないと宝の持ち腐れってことです。
残り物で夕食を作ることはだれでもできる
コミュニケーションが料理と同じ技術だなんて言ってしまうと身も蓋もないと思われれるかもしれません。
しかし技術であれば、学べば誰でも覚えることができます。
もちろんだれもがフランス料理の3つ星シェフになる必要ないのです。
残りもので夕食を作るくらいの料理スキルがあればよく、それくらいは学べばだれであっても得ることができるでしょう。
最初は、美味しい料理ができないこともあるでしょうが、失敗を重ねていくうちに、気軽にそれなりのものが作れるようになるはずです。
人付き合いもそんな気持ちで毎日行えばいいんだと思います。
そう思うとコミュニケーションが苦手でも気持ちがずいぶん楽になります。