知財部員として知財業界に10年以上いながら特許出願を依頼する事務所を探したことがありません。依頼する事務所が既に決められて固定化しています。
したがって以下は実体験ではなく机上の空論なのですが、これまで全く特許の申請(特許出願)をしたことのない企業が、良い特許事務所を探す上での注意点を考えてみたいと思います。
前提:特許は申請するのではなく出願するもの
一般のニュース等では特許を申請する、などと言いますが特許法では「申請」ではなくて「出願」、と言います。
したがって特許事務所に問い合わせをするときは、特許「出願」を考えている、となどというと良いでしょう。
ただ特許事務所の中には、特許に馴染みのないお客さんのために、あえて申請という言葉を使っていることもあります。申請という言葉を使っていても悪い事務所というわけではないのでご安心ください。
前提:特許出願の手続きを依頼する相手は弁理士
特許庁に対して特許出願の手続きを代行してくれるのは弁理士です。知名度は低いですが覚えてください。行政書士や司法書士、税理士ではありません。弁理士の資格を持たない人が有償で特許出願業務をするのは違法です。
なお法律上は弁護士も特許出願の代理人になれるのですが、専門的に特許の出願業務をしている弁護士はほぼいないので依頼先としては無視して大丈夫です。
弁理士が運営する事務所の名称はある程度自由に決められるのですが、特許事務所、特許商標事務所、弁理士事務所、知財事務所などが一般的です。弁理士法人という形態をとる組織も多いです。Webで検索等するときに参考にしてください。本記事では特許事務所と呼ぶことにします。
口コミは有効そう。ただし競合他社が依頼している特許事務所には注意
特許出願のためには発明を文書にして表現してもらう必要があります。技術の理解のほか、事業への理解が必要ですし、特許庁における審査基準や特許訴訟に関する判例の動向に基づいて工夫をして書いてもらわなければなりません。
特許事務所のウエブサイトを見るだけでは仕事の質はわからないかと思います。
そうすると、すでに特許事務所に特許出願をしたことのある企業に話を聞いておすすめの事務所を教えてもらう、という戦略はあるかと思います。
ただし他社の仕事が依頼されて特許事務所が忙しくなってしまうことを懸念されると正直に教えてくれないかもしれません。あと競合他社に対して、おすすめの特許事務所を聞くことは避けたほうが良いでしょう。なぜならば特許は競合を市場から排除するための権利だからです。特許事務所は既存クライアントの不利益になるような仕事の依頼は倫理的に受けません。
仕事の質は特許事務所だけでなく担当弁理士によっても違うかも
特許事務所に複数の弁理士がいる場合、担当してくれる弁理士によっても仕事の質が異なることが考えられます。
事務所内でも質を一定に担保する努力はしていると思いますがやはり担当者によってバラツキが出ることはあると思います。上で書いたように、特許事務所の評判を聞くならば、どの弁理士に担当してもらっているかも合わせて聞くのが良さそうです。
特許化の成功率は気にしなくて良い
特許取得を目指す場合、特許出願をしたあと特許庁に審査の請求をします。審査の結果として不備がみつからなければ特許として登録できます。逆に何か不備があってそれを解消できなければ出願が拒絶されます。特許化できません。
これを踏まえて特許事務所の評価項目として特許化の成功率に着目されることがあります。しかしこれはあまり気にしなくて良いと思います。
というのも権利の内容を問わなければ特許化成功率を高くすることができるからです。
特許権には広さという概念があります。様々なバリエーション・色々な形態の発明を包含できるのが広い権利です。逆に特定のごく限られた構成の発明のみを含むのが狭い権利です。
広い権利を狙おうとすると、その広い領域のどこかに粗が見つかれば拒絶されます。特許化成功率は低くなります。逆にごくごく狭い権利にすると高い割合で特許化できますが、ほとんど誰も欲しがらないようなつまらない権利になってしまいます。
特許化成功率と権利の広さのバランスが妥当かどうかは、前者だけからは判断できません。成功率が低くても、それは広い権利化に挑戦した結果やむを得ず生じたものかもしれません。
特許事務所には専門の技術分野がある
発明は自然科学を利用したものなので、化学や情報、機械、バイオなど色々な分野のものがあります。広い技術分野を手広く扱っている特許事務所もありますが、大抵は得意分野があるので発明の技術分野にマッチする特許事務所を選ぶと良いです。
特許事務所の規模や既存のクライアントの規模に注意
大企業からたくさんの仕事を請け負っている大手の事務所だと、初めての特許出願の依頼をそこまで大事にしてくれないかもしれません。
というのも大規模な特許事務所は大口の仕事の依頼をしてくれる大企業向けに特化していることもあるからです。大企業は特許出願に慣れているので、発明についても依頼の段階である程度社内で練られています。また仕事の依頼量も多いです。
そんな仕事を中心に扱う事務所だと、単発の仕事の依頼、特に特許に不慣れなクライアントを手取り足取りサポートすることが必要な依頼を好意的に受けてくれないかもしれません。
逆に中小企業やベンチャーへの対応に強い中小規模の特許事務所もあります。
東京の事務所を探すか地元の事務所を探すか
弁理士や特許事務所はかなり東京に集中しています。次いでガクッと下がって大阪といったところです。もし地方で特許事務所を探すとなると選択肢がかなり限られることになります。今はウエブで特許事務所と面談することも可能になってきたので、地元ではなくて東京の事務所を探すのも手だと思います。
ただ、経験上、発明の相談では、試作品などを実際に見せながら打ち合わせすると議論が深まることも多いです。そのような機会を求めるならば地元の特許事務所から探すのもかなり良いと思います。
弁理士が特許庁に提出した書類は公開されて無料で誰でも見られる
特許事務所で働いている弁理士の仕事ぶりを依頼前に確認したい、ということもあるかと思います。特許庁に提出された書類というのは特許情報プラットフォーム(J-Plat Pat)というサイトで公開されるのでそれを確認するのが良いでしょう。無料で誰でも使えます。登録も不要です。
上のサイトで、検索項目に代理人を選び、意中の弁理士の名前を入れて検索すればOKです。
ヒット数が多すぎてエラーが出たときには、検索オプションで日付指定を使います。例えば最近5年くらいで絞り込めば良いでしょう。
検索すると、「特開〇〇」とか「特許〇〇」なんてレコードがいくつも表示されます。
前者は特許の審査が終わっていないものを公開する、公開特許公報です。後者は、審査が終わって特許として登録されたものを公示する特許掲載公報です。
いずれの公報にも「詳細な説明」という欄があります。発明の内容を技術的に説明している欄にあたります。知財初心者でも技術的な心得があれば比較的この欄の良し悪しは判別しやすいかもしれません。